番外編|2011年神戸マラソン参戦記・(診療日誌・東京)
11月20日に行われた神戸マラソンには、我が診療所の職員が3名出場致しました。(メタボ三人のフルマラソンへの挑戦—その1、その2をご覧下さい)その陰に隠れて(?)私もしっかりと抽選に当たり参加してきました。
フルマラソン(42.195キロ)は一般の人は4時間を切れればまずは速い方と言われています。さらに3時間半を切れればかなり速い方、3時間を切れば凄く速い、2時間半を切ればカテゴリーは「一般」ではなくなり「エリート」になります。
今回の神戸マラソンでは2万642人が出走して、3時間内で走った「凄く速い人」は249人(1.2%)でした。まずまず速い方の4時間を切った人(3時間内含めず)は3690人でしたので、4時間を切った人は17.9%と、かなり厳しい条件のレースとなりました。
さて、私の今回の目標は3時間半切りでしたが、3週間前に出た厚木マラソン(ハーフ)で1時間43分(自己ベストはハーフ1時間37分台)と大失速しましたので、少し不安を抱えて神戸に臨むことになりました。
前日、お昼の飛行機で神戸に入りました。東京は大雨で飛行機の離陸が20分程度遅れ、神戸空港に16時前に到着。そのままゼッケン引き替え所である神戸国際展示場に向かいました。
そこでは同時に神戸マラソンEXPOが開催されており、各種ブースが出展しています。あまり遊んでいると疲れてしまうので・・・とわかってはいても、お買い物をしたりゴールゲートをくぐる写真撮ったり、あっと言う間に時間が過ぎてしまいました。
夕食は三宮に出ました。
三宮の駅にはゼッケン引き替え時に貰った袋を持った人を多数見かけました。また、駅前では神戸マラソンの記念コンサートがあり、神戸の街を上げての一大イベントだと言う様子がひしひしと伝わり、こちらの気持ちもぐんぐん盛り上がります。
ホテルの朝食は7時からなので、時間的に間に合わないません。翌日の朝食用にと、コンビニにオニギリを買いに行ったのですが、すでに棚はスカスカ・・・。ここでも、イベントの大きさを感じました。
レース前3日間は、レース中に尿意を催さないための対策として、コーヒーなどのカフェイン類を控えていたこともあり、23時過ぎにはすんなりと就寝、翌朝は5時にスッキリと起床出来ました。
ホテルでオニギリを2個食べて、7時過ぎには聖光園チームの激励に集合場所に向かいました。みんなで記念写真を撮影した後、自分の決められたスタート地点に向かいます。
予想最高気温は17度と11月下旬にしては高く、体力の消耗が予想されました。風も強く、スタート地点の柵が倒れたり波乱の予感です。
東京マラソンのように派手に紙吹雪が乱舞することもなく、震災の被災者の方々に黙祷を捧げてスタートの号砲です。
ところが、道幅が狭く混んでいて自分のペースで走れません。キロ5分5秒と決めていたのですが、どうしても周囲のペースに合わせてしまいます。私は陸連登録者のブロックからのスタートなので、極端に遅い人は周囲にはいないので無理に抜くのも体力を使いますのでしたくありません。1キロ、5分10秒を超える微妙にまったりしたペース、前が空くと5分まで上げるのですが、また詰まる、の繰り返しです。最悪でも52分で通過したかった10キロが、なんと53分50秒もかかってしまいました。
10キロを超えて国道2号で須磨海岸から明石海峡大橋まで走るのですが、片道2車線の道路は竹下通り並みの大混雑です(笑)もうこれはダメだと思い、少し強引に追い越しを繰り返したのですが、暑さと風であえなくギブアップ。12〜13キロ地点で3時間半は無理と判断し、頭を切り換えて、4時間を超えないレース配分に計算し直します。
折り返し地点ではイベントをやるそうだったのですが、強風でテントが飛んで中止になったそうです。
中間地点(21.1キロ)は1時間52分で通過、当初の目標の1時間42分が、絵に描いた餅に思える悲惨さです。こうなると、糸の切れた凧状態です。
しかし22キロ地点に思わぬ応援団が!!
京都診療所の職員が応援に来てくれていたのです。予め言っておいてくれればいいものを、サプライズにすると言うことで知らされていませんでした。傘まで用意してくれたそうですが、強風で飛ばされそうになり開けるのを断念したそうです。と言うことで私は全く気付かずに華麗にスルー(笑)本当に申し訳ないことをしました。
中間地点の後も淡々と走っていたのですが、26キロを超えたあたりから脚の重さが出て来ました。この程度で脚が重くなることはないので、少し不安を感じます。
30キロは予定では2時間半で通過するはずだったのですが、もはや遅れは取り返せるわけもなく、2時間39分58秒で通過。その先で、最後の補給食をゲット。
ハーバーランドの阪急の前は2重3重の人垣となって多くの観客の方がおられたので、胸を張って少々スピードアップ、その後はペース落として行こうと決めました。が、知ってはいたのですが、35キロから思わぬ強敵が待ち構えていました。
「聞いてないよ!」と言いたくなる様な、浜手バイパスから神戸大橋への上り坂です。普段は車でしか走れない場所を走らせて貰える貴重なチャンスでしたが、35キロ地点で、2キロで26メートル上昇は脚には酷です。
案の定、脚を攣らせて道端に蹲る人多数。中には嘔吐してる人も!!背中をさすってあげる余裕もなく、と言う私も両太股前面が攣りかけて非常にマズイ状態に・・・。5分45秒までペースを落としたのですが、それでも攣りそう。走りながら必死で太股前面をゲンコツで叩くのですが、危険な状態が続きます。
両足攣らせて路肩で悶絶している人を見ると、ますます恐怖が募ります。
この区間で感激したのは、ボランティアの人達が道の両側に一列になって、必死で「ガンバレ、ガンバレ!」と声を枯らせて応援してくれたことです。高速道路の上ですので、他に観客はいません。その分、さらにジーンと来ました。
見知らぬ人のためにボランティアをやり、そして声を出し続けて応援出来る、本当に素晴らしいことです。
38キロから40キロはいよいよダメでした。スピードを上げると攣ってしまうので、1キロ6分半の徐行。騙し騙し走っていると、見知らぬオジサンが冷却スプレーを掲げて立っているではありませんか!
早速、拝借!!攣りかけている部分を冷却して、御礼を言って再出発。
しばらくは脚が重かったのですが、冷却のおかげもあってかゴール前500メートルにいきなり奇跡の復活。1キロ4分39秒のペースで最後の500メートルを駆け抜けて、3時間52分48秒で無事にゴール出来ました。
3時間半の目標タイムには遠く及ばなかったものの、初めて自分の生まれ故郷の関西で走れました。ボランティアの方々、応援の方々、また私設エイドまで出してランナー達に飲み物やお菓子を配っておられた方々の暖かい心に触れることが出来て、とても幸せな一日でした。
思い返せば無理がたたり、9月は体調不良で月に200キロしか走れませんでしたし、レースの2週間前にカゼをひいて肝心な時期を上手く過ごすことが出来ませんでした。
練習はもちろんのこと日常生活や体調管理も含めて、マラソンは日々の努力が決して裏切られることのない競技だと、改めて感じました。
さて、私の今後の予定は2月の香川丸亀国際マラソン(ハーフ)で脚を馴らした後、いよいよ大一番の東京マラソンです。
冬の寒い時期の練習(特に夜)は言葉で言い表せない辛さがありますが、目標に向けて努力してまいります。
Takao Hosono, Tokyo

