活動性の炎症性腸疾患を合併したが、無事妊娠-症例4

過去に3度の胚移植が失敗に終わり、さらに活動性の炎症性腸疾患を合併しながらも妊娠に至った女性の例。(40歳 妊娠時)

経過

19歳でクローン病(炎症性の腸疾患)発症、36歳で結婚・挙児希望。38歳よりKクリニックにて体外受精(移植)を3回受けるも妊娠せず2010年4月、漢方での不妊治療を希望され当院初診。

来院時所見

来院時はクローン病に対して、ペンタサとレミケードを投与中。炎症反応は軽度陽性。便通は1日に3〜4行程度の軽度の下痢。月経周期は順調で月経痛あり。腹部、手足末端の冷えを自覚。腹診所見では軽〜中等度の瘀血所見あり。

治療経過

初診時:4月9日:月経周期21日

クローン病があるため、漢方処方の選択を間違えると悪化させてしまう可能性がありました。しかし38歳の年齢を考えると、あまり時間も残されていません。かなりの難しい症例と言えます。腹診では右の下腹部の張りが軽く認められたこと、また腹部全般にガスが酷く溜まった状態でした。そこでクローン病の腹痛にも効果があるかと考え、但し副作用の下痢が怖かったのですが、御本人に副作用の下痢のことなど説明して牛膝湯合厚朴を第一選択としてみました。

2回目の診察:4月30日:月経周期16日

最初の月経で痛みは軽かったとのこと。また懸念された下痢の回数などは変わらずとのことでした。御本人は体の軽さを実感して体感的には調子が良いそうです。調子が良い場合は、私は基本的に処方を変更しません。そこで同じ処方を継続としました。

3回目の診察:5月21日

5月2日から19日まで2週間程の月経様の不正出血あり。それ以外は特に変化なく、同処方を継続。

4回目の診察:6月18日

ご主人の転勤で7月に静岡に引っ越すことになりました。引っ越しの準備などで忙しくなるとクローン病の痛みが出現するそうです。お腹の冷えも感じるとのことでしたが、敢えて同処方で継続してみました。

5回目の診察:7月9日:月経周期5日

引っ越しで体調を崩し、クローン病の腹痛もかなり酷いとのこと。診察所見で腹部には張りはないのですが、舌が乾ききっていました。ここはいったんお腹を温めて、痛みを和らげることにしました。そこで胃腸を温める人参湯を基本に、痛みを和らげる芍薬甘草湯を加えてみました。そして腹部を温める為に灸も施しました。

人参湯は婦人科的な血の巡りを良くする系統の処方ではありません。しかし妊娠への体作りという漢方の不妊治療の大前提は「体を整えること」と考えると、この様な処方選択は間違えではありません。

その後、7月22日には体調が戻ったと電話で報告あり、御本人の希望もあり処方を元の牛膝湯ベースに戻しました。

6回目の診察:8月20日

8月中頃から、クローン病による肛門病変、痔瘻が悪化して、赤く腫れて痛むとのこと。同時に体調も良くなく腹部の冷え感、上半身の火照りを感じるとのことでした。また基礎体温は高温期でも上がりきらない状態でした。

腹診所見では中等度の腹部全体のガスを認め、軽度の瘀血の所見です。クローン病の症状が再燃していますし、また腹部の冷えを感じる様になってきたので、ここで大きく処方を変えてみることにしました。いままでより、優しい感じの処方(温める系)を選択しました。当帰芍薬散合甘草乾姜湯を基本に、人参、延胡索、木香、桂枝を加味してみました。

7回目の診察:10月8日

月経痛はあまりなかったが、腹部の冷え感などは変化ないとのこと。同処方で継続としました。またクローン病の活動性が亢進してきたので、レミケードの投与が6週に1度から4週に1度となってしまいました。

8回目の診察:11月5日

クローン病の状態が良くなく、直腸・回盲部に潰瘍が出来てしまいました。ただ腹部の冷え感はマシになりました。

10回目の診察:12月4日:月経周期3日

今周期に採卵・移植することになりました。

12月15日に移植しましたが失敗。

12回目の診察:1月7日:月経周期9日

直腸の病変が膣まで波及して、直腸と膣の間に通路が出来る状態になって抗生剤の内服となりました。炎症反応も中等度陽性、血中の蛋白やアルブミン値も徐々に低下して状態的にはあまり良くありません。

この時点ではもはや妊娠や不妊治療と言うよりも、今の体の状態が心配と言うレベルになってきました。

13回目の診察:2月25日

痔瘻が悪化し、精神的にもかなり落ち込んでおられました。

消化器科でCT検査を施行され、下腹部の炎症が酷いと言われたそうです。ただこれはクローン病によるものではなく、子宮内膜症によるものではないかとのことだったそうです。

ここで気分転換の意味も込めて、柴胡桂枝湯加味を基本に、芍薬甘草湯、延胡索、木香、香附子を加えてみました。

その後、3月8日に電話があり以前の処方の方が良かったとのことで、元の処方に戻しました。

15回目の診察:5月20日

クローン病が悪化し。痔瘻よりの出血、排膿があり、消化器内科の主治医よりも妊娠は難しい、体外受精の治療は休む様にアドバイスされました。

漢方は、同じ処方で継続です。

17回目の診察:7月23日

1日に3回程の腹痛、腹部のガスの充満感などが酷いために、大建中湯を基本に厚朴、木香を加えてみました。大建中湯はお腹を温める作用が強く、お腹にガスが多い時などに用います。

18回目の診察:8月12日:月経周期8日

大建中湯が効いたらしく、お腹のガスは改善し、腹痛や下痢も改善してきました。9月に採卵をするとのこと。

クローン病も安定せずに、この先の状態も不安定であるため繰り返しの体外受精は不可能と思われます。まずは質の良い卵が取れる様に、ここで排卵湯に変更してみました。

19回目の診察:9月8日:月経周期5日目

都合により採卵が次周期に延期となりました。排卵湯を長く使えるので、それはそれで問題ないでしょうとお伝えしました。

20回目の診察:10月7日:月経周期9日目

今周期、採卵・移植の予定のため、移植のスケジュールに合わせての周期療法に変更しました。

その後、移植は次周期に変更となり、1個が胚盤凍結になったとの電話報告がありました。

24回目の診察:12月27日

12月15日に移植完了、本日HCG109IU/Lとのこと。妊娠に準じての治療となりますので、漢方の処方は当帰芍薬散となります。

25回目の診察:2月24日:妊娠12週+6日

レミケード投与しながらの妊娠継続です。冬にもかかわらず、体は温かい感じがして楽とのこと。肛門病変の腫れが大きくなり、帝王切開になるかもしれないとのこと。

27回目の診察:4月20日:妊娠20週+6日

貧血と低アルブミン血症が進行、炎症反応も高くなる。また体は温かいを越して、いつもあつく逆上せを感じるとのこと。過剰な熱を下に降ろす目的で当帰芍薬散に桂枝を加えてみました。

28回目の診察:5月24日:妊娠25週+5日

痔が大きくなり普通の椅子に座ることも出来ず、また痔からの出血も悪化。9月9日が予定日。逆上せは改善したために、桂枝を抜いて再び当帰芍薬散だけとしました。

8月13日、帝王切開にて出産

出産後は芎帰調血飲にて産後の体調管理としました。

またクローン病の悪化も伴い、疲労感が抜けず。食欲もなく体重も増ふえない、下痢等の症状が続きます。

30回目の診察:1月18日:産後5ヶ月

クローン病による腹痛、また下痢が続いて、腹部の冷えもひどいとのことです。2人目の妊娠も最初は希望されていたのですが、クローン病の悪化のため不可能と判断され、今後はクローン病の体調管理の漢方治療のために通院されることとなりました。

今回は腹痛、下痢などを目標に解急蜀椒湯(かいきゅうしょくしょうとう)を処方してみました。その後、5月には体調も戻りクローン病の状態も良くなって来たので、しばらく漢方を休むことになりました。

まとめ

40歳と高齢で、しかもクローン病と言う難治性の疾患を合併し、免疫調節剤等を投与されながら、しかも過去に3度の移植が全て失敗と、とても難しい症例でした。瘀血を改善する漢方処方は消化管の動きに多少ながらも影響を与えることが多く、使い方を間違えるとクローン病に悪影響を与えてしまいます。しかし、この方の様に瘀血が強い場合は思い切ってある程度レベルの薬を使わないといつまでも瘀血が改善されない場合もあります。またご年齢からいっても、それほど不妊治療のための時間もありませんでした。牛膝湯は場合によっては下痢をおこさせることもあり得ます。ただ当院の牛膝湯は経験上、そこまで下痢をさせないことは分かっていましたので、思い切って第一選択としてみました。また牛膝湯は折衝飲や桂枝茯苓丸よりも鎮痛作用に優れているため、この様な症例には適応すると考えました。

4ヶ月の投与で瘀血所見はある程度改善して来ましたが、腹部の冷え感を強く自覚される様に変化してきたため、温める作用の強い当帰芍薬散合甘草乾姜湯に変更してみました。経過中にクローン病の状況により処方を適宜変更しましたが、採卵の日程が決まるまでは同処方を続けました。採卵の時にはそれに合わせて排卵湯に変更しました。経験上3ヶ月以上前から投与したいのですが、この方の場合も採卵の日程が延期になり丁度3ヶ月服用出来ました。1個だけ凍結出来た受精卵で運良く妊娠出来たのは本当に良かったです。クローン病の状態によっては次回採卵の目処さえ立たないと思います。

この様に不妊の漢方治療は、いわゆる「不妊治療に使われる処方(女性系の処方)」のみで行われるものではありません。あくまでも体調を整えると言う大前提の元に、処方は決定されるべきです。今回、使った大建中湯や人参湯は、消化器系の漢方処方です。しかしこれらの処方も妊娠出来る体作りのためには上手に使わないといけないのです。

» 「不妊 不妊症の漢方治療」に関する記事はこちら
» 「体外受精に合わせた漢方治療」に関する記事はこちら

東京診療所 細野孝郎 院長
筆者 細野孝郎 (Takao Hosono) 院長 (東京診療所)
昭和63年北里大学医学部卒 日本東洋医学会認定医・日本臨床抗老化医学会名誉認定医
川崎市立井田病院、藤枝市立志太病院、北里大学病院などを経て現在に至る。
北里大学病院では、膠原病・リウマチ・アレルギー外来を経て、漢方外来設立に尽力、担当。
1992年より当院でも診療を開始。
得意分野:内科系疾患全般、月経困難症や不妊などの婦人科疾患、皮膚疾患。また、体質改善や健康維持など、加齢にともなうエイジングケアの漢方にも力を入れている。
趣味:猫、ランニング、フルマラソン(東京マラソン4回、2013年シカゴ)、自転車など。

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