女性の漢方3(体外受精・不妊治療のその後)

体外受精

現在では、35歳過ぎたら直ぐにでも体外受精の治療にステップアップした方が良いという考えが主流となりつつあります。これは不妊治療を受ける患者さまの考え方、社会的状況、経済力などが関与してきますので、なかなか難しいのですが、どうせやるなら早い方が良いと言う考えには賛成です。

年齢を重ねていくと、まずは良い卵が取りにくくなってきます。採卵が上手く行かない限り、提供卵子以外には妊娠はあり得ませんが、外国まで行って提供卵子での移植を望む方はあまりおられません。極論すれば自分の受精卵さえ凍結しておけば、移植はいつでも可能です。と言うことで体外受精の基本は「まずは採卵」と言えるでしょう。

採卵が上手く行かない人に私が良く使う処方に排卵湯があります。あまりにもわざとらしい名前なので、本当かな?と思っていたのですが、これは意外に効果があり、採卵すらできなかった人が質の良い卵子が採取できて受精した例も数多く出て来ました。基本的には体を整える治療を行い、それでも採卵できない人に処方していますが、その方の体質に合うならば良い処方かと思います。

さて、体外受精は著しく人為的な操作となります。漢方治療と対極に存在する治療と言っても良いでしょう。この様な治療を頭から否定される、いわゆる「漢方のお医者さん」みたいな人はまだおられるかも知れませんし、逆に、漢方など効かないとおっしゃっている「体外受精のお医者さん」は実際におられます。100%妊娠に到達できる術があるのならばそれが真実であり正解なのですが、現実には体外受精の成功率は30~35%程度(都内の有名な病院、全国平均は20%程度)です。この数字では西洋医学、漢方医学などと言ってる場合ではなく、両者で協力して治療を進めて少しでも成功率を上げるのが一番ではないでしょうか。

この西洋・東洋医学の組み合わせで体外受精の成功率を上げる効果が期待できると、2007年の日本東洋医学会雑誌に論文が掲載されています。簡単に言うと、移植時にある処方を同時に投与した人達の妊娠率が33.0%、投与しなかった人達が20.7%であったとのことです。私もその方法を2009年頃より取り入れて、今まで何度移植しても妊娠しなかった方がようやく妊娠したと言う例を、数多く経験してきました。いつも飲んで頂いている処方から一時的に変更するだけの簡単な方法ですので、今では体外受精をされている全員の方に取り入れています。妊娠すれば体の状態は大きく変わるわけですし、体外受精では移植後に妊娠していることが大前提となりますので、そういう意味でも理論的なことではないでしょうか。

体外受精後の妊娠判定は、おおむね10日〜14日の間に行われますが、移植後は妊婦さんと同様の処方に切り替えます。当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、いわゆる安胎薬といわれる大昔からの妊婦さんの基本処方になります。

この薬の基本的な作用は、子宮の過度な動きを押さえて、母胎の血の質を良くして、水分代謝を整えます。さらに、含まれる一部の生薬は胃のむかつきを押さえますので、つわりが少しは軽くなる方もおられます。子宮が収縮して緊張状態にあれば、子宮も微妙に動き中にいる胎児に良い影響があるわけありません。地震が頻発している場所に住んでいる様な状態ですので、これを押さえてくれる作用があります。

また、胎児の栄養素は母胎の血液によりますので、これが悪いと成長もままなりません。ですから、血液の質を良くすることは胎児にとって必要不可欠なことです。妊娠後期になると浮腫等が生じてきますので、水分代謝を良くしてあげることにより母胎の状態をよりよく保つことが可能です。

つまり当帰芍薬散は赤ちゃんに住みよい住宅と栄養豊富な食事を用意する処方と言えます。また妊娠後期のお腹の張りも楽になるらしく、「母親学級に行って同じ周数の妊婦さんがお腹のはりを訴えて上を向いて寝られないと言っていた、自分はとても楽だ」と言われたこともあります。このあたりが安胎薬と呼ばれる所以かと思います。

私の考えとして、妊娠したら当帰芍薬散を絶対に飲まなければならないとは思っていません。無事に元気な赤ちゃんが生まれてくる、母胎が産後も体調良く保てて育児ができるならばその手法に拘ることはないと思っています。100%の正解はありませんので、自分の感覚を信じて後悔のないように、最善の方法を選択して頂ければと思っています。

こういうお話は妊娠された時点で必ず全員にします。そのせいでもないのでしょうが、妊娠陽性に出た時点で漢方を中止される方は殆どおられません。心拍確認の時点で「ありがとうございました」と言って卒業されていく方は3割程度、安定期に入って「これで安心しました、また何かありましたらお願いします」と言って卒業される方が5割程度、残りの2割強の方が出産まで続けられると言った感じです。出産後には、子宮の中を綺麗にして子宮を元に戻し、気や血を補い母胎を早く元に戻す処方や、また母乳の出を良くする処方などもあります。

不妊の鍼灸治療

不妊の鍼灸治療についても少しお話しておきます。鍼灸治療は基本的には漢方処方と同じ方向性を持たらさないと効果がないばかりか、逆効果になることすらあります。よくある間違った治療として、アトピー性皮膚炎で発赤が酷い患者さんには熱を取る処方を使うのですが、そこで鍼灸治療でお灸をされると治療効果がなくなるどころか熱が籠もってアトピーが悪化してしまいます。不妊治療の場合ではここまで典型的な逆治療はないと思うのですが、例えば血の流れを良くする処方(駆瘀血治療)をしている時に、補うことを主として鍼灸治療するのは決められた時間内での治療としては好ましくないでしょう。同じ方向性で効率良く治療して行けば、より早く効果が期待できると思います。当院で併せて鍼灸治療をお受け頂ければと思います。

更年期障害

これらの治療は不妊症だけでなく、更年期障害や月経困難症などともほぼ共通です。ただ前述のように不妊症の治療は時間があまりかけられませんので、少し強めの処方で反応をみながら考えることが多いのですが、月経痛や月経不順の方の場合は最初から基本的な使い方で治療をしていく場合が大半です。治療の方針や期間の目安は前記していますのでご参照下さい。

更年期障害は加齢により女性生殖器系の「血」の巡りが悪くなり、それに伴い「気」の巡りが悪くなったものと考えられます。さらに悪くなった「気」の巡りが「血」の巡りをさらに悪くする悪循環が生まれます。基本的には両者の巡りを改善する必要があります。

代表的な処方には通導散(便秘がある人に使いやすい)、通経湯、加味逍揺散などがあります。他には、血の巡りを良くする処方に気の巡りを良くする処方を併せて程よい程度にその人に合わせて作る方法もあります。更年期障害の逆上せ、イライラ、動悸などの諸症状は月経前に悪化し、月経周期2〜3日目頃より改善するパターンを繰り返すことが大半です。よって治療の効果はどんなに最低でも月経を1回越えて行かないと分かりません。また一ヶ月ごとに症状の変化を繰り返す場合もあります。これらのことからも3回は月経を越えていかないと本当の効果は分かりません。ただ何となく良い感じは比較的早くに出ると思いますので、そうなれば治療も続けやすいでしょう。

更年期障害の治療を開始するのはもちろん早いに越したことはありません。しかし症状が何もないのに治療を開始することもありません。症状が出てからでも充分に改善しますので慌てる必要はありません。不妊の治療を行っていて、不運にも妊娠しなかったため治療を中断してしばらくすると更年期症状に悩まされて、再び来院される方もおられます。

「不妊治療をしていた時はのぼせや生理痛が楽だったのに、治療を止めてから半年で生理痛が復活して更年期症状がでてきた」「不妊治療をしていた時には体が楽だったのに、漢方止めたらいろいろ調子悪くて・・・・」と言う方も中にはおられます。その時点より漢方治療を再開すると、また症状は軽快します。ただ今回は不妊ではなく更年期の治療になること、前回の時よりも加齢は進行しているなどを考慮に入れて処方を考えねばなりません。これでまた更年期障害の症状が楽になり、再び漢方を再開して頂ける方もおられます。不妊治療の結果を出せなかったのに再び来て頂けたことには、申し訳ない気持ちを持ちますが、妊娠には至らなかったけれどもそれなりの「体調の良さ」を体感して頂いたからだと思っています。

この様に漢方治療は女性の一生を通して体質改善に大きく貢献することが可能です。特に不妊症や月経に随伴する諸症状から、子宮筋腫、卵巣嚢腫、さらには冷え性、更年期障害などの女性特有の疾患を改善するのに役立ちます。そしてそれらの治療効果は、早い段階で体感することができます。特に月経のある女性は月経の感覚を通じて漢方の効果を体感できるでしょう。これらのことでお悩みの方は、そのあたりを治療効果判定の基準として是非とも漢方をお試し下さい。

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東京診療所 細野孝郎 院長
筆者 細野孝郎 (Takao Hosono) 院長 (東京診療所)
昭和63年北里大学医学部卒 日本東洋医学会認定医・日本臨床抗老化医学会名誉認定医
川崎市立井田病院、藤枝市立志太病院、北里大学病院などを経て現在に至る。
北里大学病院では、膠原病・リウマチ・アレルギー外来を経て、漢方外来設立に尽力、担当。
1992年より当院でも診療を開始。
得意分野:内科系疾患全般、月経困難症や不妊などの婦人科疾患、皮膚疾患。また、体質改善や健康維持など、加齢にともなうエイジングケアの漢方にも力を入れている。
趣味:猫、ランニング、フルマラソン(東京マラソン4回、2013年シカゴ)、自転車など。

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