更年期障害と漢方治療

女性の更年期障害

女性の更年期障害は卵巣機能が次第に衰え、女性ホルモンが不足して起こる症候群をさしています。色々な症状が出現しますが、代表的なものは自律神経失調による動悸やのぼせ、異常な発汗、精神的な緊張などによるイラダチや怒り、女性ホルモン減少による生理の不順、異常出血、筋肉や骨など支持組織の弱りによる凝りや痛みなどです。速い女性では40才過ぎに出現することもありますが、大体は50歳前後に現れてきます。
誰にでもやってくる更年期を、いかにして軽快に乗り切るか。「女性に多い体の不調」でも触れましたが、漢方は女性を大事にする医学です。更年期を乗り切る手段として、漢方はとても効果を発揮します。
Iさんは48才の主婦です。身長は152cm,体重は58kg、やや肥満傾向で、いわゆる水太り体質です。子供に恵まれず、高校生の姪を自分の娘のように可愛がっています。生来健康で特に大病をするということもありませんでしたが、一年ほど前から生理が不順になり、月に2度もあったり、1、2ヶ月無かったりするようになりました。半年ほど前から発作的にカーッとのぼせるようになり、その後でパーッと汗が吹き出るようになってきました。このような発作が日に何度も繰り返すようになり、とても不快であるとのことでした。
その上最近では立ちくらみやちょっとしたことで動悸がして息苦しくなるということでした。近所の内科医を受診し、更年期障害と診断され、薬をもらったがよくならないということでした。知人に「更年期障害なら漢方が絶対に良い」と言われ当院を紹介されたということでした。
一月下旬の寒い日でしたが、暖房にあたるとよけいにのぼせますとこぼしながら赤ら顔で診察室に入ってきました。顔は赤くのぼせていましたが、足は冷たく氷を触るような感じでした。腹は皮下脂肪で分厚い腹壁でしたが、全体に軟弱で臍の傍で腹部大動脈の拍動を触れました。
軟らかく力のないお腹を私達は血が不足している腹だと考えます。この患者さんには連珠飲(れんじゅいん)を処方しました。この処方は血の不足を補うという四物湯(しもつとう)と身体の中の余分な水分を除き、動悸やのぼせ、目まいなどの自律神経失調を治す効果のある苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)を合わせたものですが、更年期障害の強いのぼせや動悸の改善に優れています。
二週間後に来院しましたが不快なのぼせの発作は治まっていました。
更年期障害にはこのように自律神経失調による発作的な強いのぼせと、続いて起きる異常な発汗に悩む女性が居ます。このようなタイプに連珠飲は非常に効果があります。連珠飲はちなみに江戸時代に原南陽という医師が創作し、原南陽の弟子の本間棗軒という医師が名付けた和製漢方処方です。

不正出血が止まらない夫人

Kさんは56才の夫人です。3年前から生理が不順になってきましたが、一年前から生理がいつまでも少量ずつ続き止まらなくなりました。婦人科で薬をもらうと止まるが、次の生理が始まるとまた同様に止まらなくなり、また婦人科にかかるということでした。この繰り返しをなんとか漢方で止めたいと希望して来院しました。10日前から生理が始まり今も少量ずつ出血が続いているということでした。
158cm,50kg、皮膚はやや浅黒く足は冷えていました。腹部は軟弱で臍の傍に抵抗を認めました。腹部大動脈の拍動も触れました。
Kさんには芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)を処方しました。足の太衝(たいしょう)というツボ(足背で第1趾と第2趾の間にあるツボ)にお灸をすえました。翌日には出血は止まりました。
この薬は更年期の異常子宮出血に効果がありますが、他にも妊娠中の出血(流産)を止め、いわゆる虚証の体質の諸種の出血に応用されています。
更年期に限らず虚証で不正子宮出血があったり生理がなかなか止まらなかったりするときのファーストチョイスに選ばれる処方です。
芎帰膠艾湯は地黄、当帰、芍薬、川芎、甘草、艾葉、阿膠で構成されています。この中の地黄、当帰、芍薬、川芎は四物湯という処方で女性の聖薬といわれるほど身体の弱い女性の諸々の疾患に効果のある処方です。血の不足を補い肌の艶を良くし、女性の美しさを増す作用があります。
その四物湯に甘草、艾葉、阿膠が加わったものですが甘草は鎮痛作用に優れ、胃腸を守る作用があります。艾葉はヨモギの若葉を乾燥したものでお灸に使うモグサの原料となりますが、止血作用に優れています。阿膠はにかわですが、コラーゲンが豊富な生薬で身体に栄養を補給し止血作用にも優れています。太衝のツボは異常子宮出血を止める特効があるといわれ、生理がなかなか止まらないときに灸をすえます。左右のツボを拇で按圧し圧痛の強い方に灸をすえます。

苛立ってよく怒る夫人

Yさんは48才の主婦です。ご主人は会社の部長をしています。休日は殆どゴルフにいっているとのことでした。子供は二人、上はお嬢さんで大学受験を控え、下は中学三年の男の子でした。長女の進学のことで色々ご主人に相談するが、ご主人は殆ど奥さん任せで、あまり話を聞いてくれないとのことです。几帳面な性格で、ルーズなことが嫌いで、部屋も常にきれいに掃除整とんしておかないと気に入らないとのことでした。血液型を聞くとA型ということでした。
最近苛立つことが多く、特にご主人の家庭への無関心さに腹が立つとのことでしたが、いつもは自分の胸にしまって外には出さないということでした。ところが生理のときになると自分の胸にしまっておけず、つい癇癪玉を爆発させてしまうと言うことで、主に被害は長女が被っているとのことでした。
身長は163cm,50kg、痩身で面長の色白の夫人です。診察室では緊張してやや目尻がつり上がっていました。こめかみには静脈が浮いていました。腹を診察すると腹壁が強く緊張していました。
加味逍遥散(かみしょうようさん)を処方しましたが遠方でしたので一カ月分渡しました。
翌月来院したときは初診時と打って変わったように温和な表情になっていました。いらだちもほとんどなくなり、ご主人がゴルフばかりに行ってもあまり気にならなくなったとのことでした。
加味逍遥散は精神的によく苛立つ人に用いますが、中々効果があります。逍遥散という名前はこの薬を飲むと心が落ち着いて楽しく逍遥(散歩)しているような気分になることより名付けられたと言われています。
江戸時代の医師で百々漢陰(どどかんいん)という人がいますが、この処方について「婦人の性質肝気亢ぶりやすく、性情嫉妬深く、ややもすれば火気逆衝して、面赤く眦(まなじり)つり、発狂でもしそうな症にもよし。・・ややもすれば事に触れて怒り易く、怒火衝逆、嘔血、衂血(じくけつ:鼻出血)を見ること月に3,4度にも及ぶというようなる者には、此の方(処方)を用いて至って宣し。」と著書の中に述べています。
加味逍遥散についておもしろく述べられた文章ですが、更年期障害に関わらず、いらいらして仕方がないと思われる女性は一度お試しになっては如何でしょうか。

大阪診療所 中田敬吾 理事長
筆者 中田敬吾 (Keigo Nakata) 理事長 (大阪診療所)
昭和45年 京都大学医学部卒。昭和47年当院にて診療開始。
日本東洋医学会評議員。故細野史郎(聖光園細野診療所、創設者)・故坂口弘に師事。
昭和40年前半、学園紛争で大学内が荒れ果てていた頃、聖光園を知り、坂口弘先生について漢方の勉強を始める。京大病院内科で研修終了後、迷わず聖光園に入所し、漢方臨床研究に入る。昭和50年京都大学大学院に入学、胆道系の自律神経支配とプロスタグランディンの研究で医学博士号を受ける。
長年、日本東洋医学会関西支部支部長を務め、東洋医学会の指導的役割を果たしてきている。また、漢薬原料調査委員会においても委員長を務め、絶滅の危惧のある良質の生薬の保存に力を注いでいる。
京大柔道部OB(柔道4段)

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